西城秀樹の姉は宅見の愛人だった?姉の写真を公開?

西城秀樹




アイドル・ミュージシャンとして一時代を築いた西條秀樹さんが5月16日急性心不全のため63才で亡くなられた。2003年に脳梗塞を発症して以来、度重なる再発と後遺症と闘い続けていたがついに帰らぬ人となられました。ここでは実姉・木本絵里子さんについて触れたいと思います。

宅見勝とは?

宅見 勝(たくみ まさる・兵庫県神戸市出身・1936年生まれ)指定暴力団・五代目山口組若頭(宅見組組長)。バブル期を通して金融や不動産などのフロント企業を使い蓄財した2000億円とも言われる豊富な資金を背景に、渡辺芳則を首領に据えた五代目山口組の発足(1989年)に立役者として関与、以後、山口組のナンバー2にあたる若頭として3万6000名を擁する山口組の事実上の仕切り役として活動し、“山口組の金庫番”と呼ばれた。以後、度重なる暴力団抗争「山一抗争」「八王子抗争」「山波抗争」「山口組五代目跡目問題」などの暴力団抗争に関与した。1997年「山口組・中野会会長襲撃事件」を端を発した内部抗争で1997年8月28日、中野会会員によって頭部を撃ち抜かれ射殺された。61才であった。

西城秀樹の姉は宅見の愛人?

実姉は木本絵里子さん。かなり信憑性が高い情報として、1978年ごろ大阪市内のクラブ「朱雀」でホステスとして働いていたところ、「宅見 勝」と知り合い1979年二人の間に男子が誕生(宅見将典さん)。さらに女子(宅見まりさん)の存在も確認されています。

子供には「宅見姓」を名乗らせているが、この時点では正式に入籍した形跡はなく、愛人としての関係であったようです。1982年になって宅見は父方の伯母と養子縁組させ、絵里子さんにも「宅見姓」を名乗らせた経緯があり、正式に婚姻関係に至ったかどうかは定かではないですが、単なる「愛人」の域は超えて実質的に実子を持つ夫婦関係に近い状況あったと思われます。

その後、1997年に宅見が暗殺され他界したために、二人が実際どのような関係にあったかは注目されなくなりました。

姉の写真を公開?

西城秀樹さんの姉・絵里子さんの顔画像は残念ながらネット上では捜し出すことはできませんでした。絵里子さんが暴力団の幹部と深い関係にあり子供ももうけているという状況では「タレント・西城秀樹」として姉・絵里子さんを公けに出来るはずもなく、西城秀樹さん自身も生前、タレント活動を始めてこれまでお姉さんに関するコメントや情報提供は一切なく、逆に姉・絵里子さんに関する情報は当時抗争に明け暮れた「山口組」を取材したマスコミや組員から情報がほとんどでした。

そんな中、絵里子さん自身も「西城秀樹の姉」として報道される事は極力避けたものと推測されます。「折れない闘病生活と音楽活動・家族思いの優しい人柄」と最近も報道され続けた西條秀樹さん。姉・絵里子さんにとっても掛けがえのない弟であったことでしょう。あまりにも早く逝ってしまった弟とどれだけの時間を共有できたのかと想いを馳せると胸に込み上げるものがあります。

まとめ

眠っている西城さんへの家族のお振る舞いについて「いつものように、パパはここで寝ているよ!と、お子さんたちは入れ替わりにやって来ては秀樹さんの顔をのぞきこんだり、洋服めくってみたりして本当に『一家の支え』であった父親・西城秀樹さん」と伝えています。

姉・絵里子さんも弟・西城秀樹さんへの愛情もきっと深いものであったでしょう。愛する弟さんとの突然の永遠の別れを、姉・絵里子さんはどのように受け止めておられるでしょうか。運命・巡り合い・絆を超えて、愛情と思いやりに満ちた姉弟であり続けて頂きたいと心から祈ります。

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