大竹しのぶ、服部との出会い、そして夫と死別、蝕む病。死因は・・?

大竹しのぶ




大竹しのぶさんが最初に結婚したのは、プロデューサーとして活躍していた服部晴治さんです。服部さんはかつて歌手の中村晃子さんと結婚寸前で、そこから大竹しのぶさんが略奪し結婚までしました。

当時、すでに中村さんと服部さんは同棲していたのですが、服部さんの行動がおかしいと、中村さんが仕事終わりの服部さんの車を尾行したところ、大竹さんをピックアップ。しかも、信号待ちの間、ふたりの熱いキスシーンを目撃。同棲解消となったのです。

中村さんから「泥棒猫」と罵倒されたものの、17歳の年の差婚を果たしました。

最愛の夫の死、それを乗り越え・・・

服部さんと結婚された大竹さんですが、結婚1年を過ぎた頃に服部さんは医師から余命宣告を受けることになります。病名は胃がん。そして結婚から5年の1987年7月に服部さんは亡くなりました。

しかしその翌年1988年に明石家さんまさんと再婚をされました。大竹しのぶさんと明石家さんまさんの馴れ初めは、1986年のドラマ「男女7人夏物語」で共演したこと。当時大竹しのぶさんは服部晴治さんと婚姻中で、いわゆる不倫から始まった関係だったのではと噂されます。

大竹しのぶさん曰く、服部さんを亡くしたショックで辛かった時に寄り添ってくれたのが、明石家さんまさんだったと語っています。

服部さんが亡くなってから、半年くらい眠れない夜が続いたといいます。寂しくて誰かに電話したくても、真夜中に親しい友人に度々は連絡できない。「でも、さんまさんだけは夜中の3時に電話しても必ず起きていて、私の話を聞いてくれた。本当に優しい人だった」と大竹さんは語りました。

また大竹さんの知らないところで、服部さんがさんまさんに手紙を書いていたことが発覚。大竹さんも見たことがないという手紙についてテレビ系3月21日放送の一周回って知らない話で語りました。

まとめ

服部さんに胃がんが見つかった時に大竹さんは妊娠しており、服部さんが余命宣告を受けても「それでも子供を産みたい」と長男二千翔さんを出産されています。

生まれてすぐに実の父親を亡くした二千翔さんですが、大竹さんがさんまさんと再婚。二千翔さんとさんまさんは1988年の再婚から1992年の離婚までの短い期間しか一緒に暮らすことはありませんでしたが、その後も親と子として面会を続けていたそうです。

いろいろと語られるエピソードを見ていると、さんまさんは息子を心配する父親そのもの。きっと服部さんの息子への思いが、さんまさんを通じて受け継がれているのでしょう。これからも良い関係を続けていただきたいです。

関連記事(一部広告)